自分を大切にすることから。

自己愛被害の真っ只中の人が逃げるための気力を取り戻すには、「自尊心を取り戻す」が最大のポイントだと思っています。

私は、限界がきてから常に心がけていたのは、「自分を大切にするためのことをする」ということです。これは以前紹介した下の「自分をたいせつにする心理学」というブログ(特にカテゴリー「認知と癒し」に分類されている記事)や、心理系の本やサイトを読み漁ってたどり着いた結論です。

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私を含め、被害者の人って、自分がもうボロボロの状態であっても、加害者や、見当違いな意見で責めてくる周囲の人たちにまで気を遣ったり、頑張るのはもう辛いのに、「もっと頑張れる、頑張ろう」と思いがちですよね。それって結局「周りを大切にすると見せかけて、自分を大切にしていない行為なんだな」と分かりました。結果として自分が病んでしまったら、「自分が大切にしたい人を傷つけてしまう」ことにもつながるんだと気付いたら、なんて馬鹿らしい、かつ危険なことをしていたのかと思いました。

それまでは、極端に言ってしまうと、「自分が多少我慢しても人に気を使うことが美徳」「人がやりたがらないことも率先してやることが美徳」と思って生きてきたところがあります。心のベースにあるそういった生き方に対する美意識が、自己愛とその周囲の人たちに関わったことで大きく変わりました。

(それ以前に自己犠牲しすぎてしまう人の根底には「私なんかどうせ」といった気持ちがあるわけですが、それについては長く&重くなるのでまた別の機会に・・・。)

今まで大きな被害にならなかったのは、関わる人たちが優しかったからで、相手によっては吸い尽くされるだけだと身をもって理解しました。

今私の周りには自己愛はいないので、練習として自分で「ここが限界」というラインを、意識的に、若干手前に引くようにしています。

例えば自分がキツくなりそうな仕事の依頼があった場合、「他にやる人いないだろうなあ・・・」などと勝手に想像して引き受けるようなことはせずに、まず自分のスケジュールだけを考えて「ちょっと無理ですね」と言ってみるようにしています。意外とあっさり引き下がったり、違う案を持ってきてくれたりします。

それまでは、しれっと断っている人を見ると「冷たいな」と思っていましたが、まずは人のことよりも自分を大切にしてみる練習を小さなことからやってみています。

もっと手前のこと

あー、また、最初に書こうとしていたことからズレてしまいました。上記のようなことを試すのは、自己愛と離れて元気を取り戻してからですね。それよりもっともっと前、自己愛から離れる気力もない「パトラッシュ・・・」な状態から心を取り戻すためにやったことを書こうとしていました。それも突き詰めれば、「自分を大切にすること」がベースになっていることに、今は気付いています。

以下に書くことも、一応ちゃんと心理学的にOKなこと(心理系の本に書いてあったり、カウンセラーの方にも良い選択だったと言われたこと)なので、参考になれば幸いです。

部屋に落ちている髪の毛を1本拾って捨てる

これは、今でも元気がなく布団から出たくない気分の時にやっています。たったこれだけのこと、と思いますが、この小さな積み重ねで、意外と元気になります。

落ちている髪の毛やホコリには、かなりの量の雑菌が繁殖していて、放置しておくのは、自分の体にとって良くないこと。それをほんの1つでも拾ってゴミ箱に入れるという行為は、自分の体にとって良いことをしたことになり、それは無意識レベルに作用して、元気が出てくるようです。

1本髪の毛を拾ってゴミ箱に入れたら、大げさに「あー私、今自分にいいことできたなあ。今日の目標達成。よくできました。」って思うようにすると、1日目は布団の中から手を伸ばして1本拾うことしかできないかもしれませんが、2日目はもう少し遠くの、2本、3本拾おうと思えるかもしれません。徐々に、もう少し自分が心地よくなれることをしてみようかな、という気持ちになってきます。

これも元気になってからのことですが、自分が過ごす空間にゴミを平然と捨ててくる人がいたら「あれ、この人って私のこと大切にしていないんだな」と気付けて、「この人を大切にする優先度は低いな」なんていう判断ができるようにもなりました。

五感を大切にする

これは、うつ病の対策などでも言われている一般的なことのようです。

自分がぺしゃんこになっているときは、とにかくまず「自分にとって何が心地よいことかを思い出すこと」が有効でした。その時、五感を意識するのは大きな指標になります。

私の場合、そろそろちょっと外へ出ようと思えた時、「どんな所に行きたいかな・・・」とよくよく五感を使ってイメージしてみると、心地よい風が肌にあたり、木々がその風に揺れている景色が浮かびました。

遠出する気力はないので、目の前が公園で、テラス席のある近所のカフェへ、平日の空いている時間を狙って歩いて行きました。飲み物もまた何となくとか、体に良さそうとか頭で考えて選ぶのではなく、「今私が飲みたいものはなんだろう?」と五感を使って決めました。

テラス席で、深呼吸したり、木々を眺めたり、本を読んだり、音楽を聴いていました。回復してからは全く行かなくなりましたが、本当にあのカフェの存在には感謝しています。

 

そんな感じで具体例はいくらでもあるのですが、全部書こうとするとまた更新が滞ってしまうので、このくらいにしておきたいと思います。どうか、ボロボロの気持ちの人が、少しでも自分らしさを取り戻せますように。

年内初の更新・・・

昨年末から全く更新せず・・・のこのこやってきました。

書き始めた頃のテンション(主に怒り)を100としたら、今は15~20くらいに落ち着いて、それと共に更新の原動力を失いました(笑)。

私が自己愛被害者の人たちが書いているブログを読み漁っていた頃も、初めは頻繁に更新されているのに徐々にフェードアウトしていき更新が止まるパターンはよくありました。立ち直ってどうでもよくなったんだろうなとは思うのですが、「いやそのどうでもよくなる過程も知りたいからー!」と思ってました。なのでたまに更新するようにはしたいなと思います(弱気)。

どうでもよくなった理由

怒りがおさまってきた理由の1つは、仕事の都合で発達障害についての本を読んだことです。何冊か読んでいるうちに、「ああ、こういう人たちって脳の回路が違うんだなあ。・・・J男もそれに近かったんだろうな・・・誰にでも情緒や共感力があるのが当たり前と思っていたから辛かったんだ」と突然腑に落ちました。

今まで散々自己愛について調べていた中でも、そういった「自己愛は脳のレベルで共感ができない」というようなネット記事は嫌というほど読んできました。でもその時はまだ「一見落ち着いていて、まともに見えるし」「最初はすごく親切だったし」という記憶が強くて、納得できませんでした。

今回は、相手と離れて数年が経ち、怒りも落ち着いてきていたタイミングで、自己愛とは関係ない、ただ仕事の情報収集として感情を切り離した所で気付けたのが良かったのだと思います。

それからJ男と離れた結果、自分で好きなようにのびのび仕事ができているというのも大きいですね。仕事をするのに誰かに頼りたい気持ちのままだったら、悔しさが残っていた気がします。

とは言え最近のJ男についても

相変わらず業界紙に投稿したり取材を受けて掲載されたり、入れたての浅い知識で業界内で講演をしたりしているようです。SNSで知るのですが、もうそういう情報を見ても怒りやイライラはなく、「憐れだなあ・・・」「気味が悪いなあ・・・」という気持ちです。人の役に立ちたいのではなく、業界内ですごいと称賛されたいのが透けて見えますし、そのためならやたら活動的になるのが不気味です。そのことに気付かないような、浅い関わりの人達にどれだけ持ち上げられても永遠に心は満たされないのに、本人がそれに気付かずに称賛を求めていて・・・憐れだなあと思います。

相手のSNSを見てしまうことについて

自己愛と離れたら、SNSなどは気になっても一切見ないほうがいいというのが一般論ですね。確かに、あまりにメンタルが不安定な時はネットそのものから離れる方がいいですし、相手のそばに戻りたい気持ちがあるなら見ないほうがいいでしょうね。

ただ、「もう二度と関わらない!」と決めて離れながらも、SNSを見続けている私自身の結果としては、「ちゃんと回復に向かっていれば見ても大丈夫」でした。もちろん無駄に腹が立ったりショックを受けることばかりなので、回復のスピードは落ちたかもしれませんが、気になる&見たいのを我慢しながら、怒りの記憶に耐えるのは辛かったです。

実際に感じたデメリットとしては、読んでイライラした時に周囲に怒りをぶちまけてしまうくらいでしたね。って周りには迷惑だったでしょうけど・・・。

ちなみに、SNSの内容を読んで「こんなことがあってさあ!ほんとムカつくよ」とぼやくと、「まだ見てるの?」「もう見ないほうがいいよ」って言う人もいるんですが、被害を受けていた時に辛さを訴えても分かってくれなかった人たちと見事に一致しました。「結局、私の愚痴を聞きたくないんだなーこの人たちは。私は相手からの愚痴や相談された時はちゃんと聴いてるのになぁ。」と気付けたし、そこでいちいち傷つかなくなったことにも、回復したなと感じます。昔からの友達や扉の開いた友達は、そんなこと言わずに「ひどいね」ってずっと聞いてくれました。ありがたいです。

ネットチェックは、こちらが不利益を被るような投稿をしていたら有力な証拠にもなるので、デメリットばかりではないと思います。

チェックする際のポイント

こちらがチェックしているのを気付かれると相手の思うつぼなので、ログや解析などで特定されない設定・環境で見るのは必須です。例えばSNSならログインしないで見るとか、全然関係ない人に頼んで見せてもらうとか。IPアドレスでアクセス元の大まかなエリアが分かってしまうこともあるので、新宿渋谷など大きい駅などに出かけた先でアクセスするのも1つの手かもしれません。相手がそこまでチェックする人かどうかにもよりますが(笑)

こちらの状況を把握させない

私は逆に、こちらの状況を一切分からせないようにするほうが大事だと思います。未練なんてないアピールのために投稿したりしたくなることもありますが、それこそぐっと我慢です。

SNSなら登録解除するか一切更新しない。共通の知り合いとは関わらない。

相手は絶対、多少なりともこちらの様子を知りたいでしょうから、情報なんて1ミリも与えないほうが仕返しになると思っています。

私の場合は幸い、自己愛あるあるの「逃げられた相手にもしれっと連絡する」は一度もされなかったというのもありますが、この選択を取って良かったとハッキリ言えます。

気負うと書けなかった

年始からずっと「今つらい人の役に立つことを書かなきゃ」と書きかけては完成せず・・・を繰り返していましたが、その気負いを捨てたら、こんな感じで書けました。役に立つかはわかりませんが、とりあえず良かったです。

回復の道のり

前回の最後に、今後書きたい内容を予告したせいか、アクセス数が普段よりUPしていて焦ってしまう小心者。ちゃんと書かねばと、当時カフェで泣きながらメモを書いていたノートを引っ張りだしてきたところですが、記事にするにはもう少しかかるかと・・・。

逃げてからも疲れる…けど逃げるために

自己愛から逃げられない心理になってしまうのは、「離れた後どうなるか」を予測できないのが1つの理由だと思います。人間、先の見えないことを選択するリスクより、多少不便でも現状維持を選んでしまうものですからね。自己愛の被害でメンタルが弱っていたら尚更です。

なので今日は私が逃げることを決めてから現在までの心の移り変わりを振り返ってみました。

  • 辞めると伝えた直後:恋愛の「自分から振ったのに寂しくなる」パターンのような何ともいえない切ない気持ちが押し寄せてくる
  • その寂しさと「やっぱもう無理」が交互に押し寄せてくる中で「うまくやる方法あったのかな・・・ないよな・・・ない」の自問自答を繰り返して、辞める日を待つ。
  • 無事退職
  • 清々しさいっぱいながらも、完全には気持ちは晴れない。
  • 相手の動向がすごく気になって調べてしまう
  • 徐々に「やっぱ変だったよなぁ」と思う余裕が出てくる
  • 「やっぱ変だった!」と確信に変わり、「何で我慢してたんだろう!」と怒りのみになる(ブログ書き始めの頃)
  • さっさと忘れたい。

という感じです。恋愛だとこう簡単にはいかないとは思いますが。それに、離れることをすすめておきながらあれなんですけど、残念ながら、離れてからも別の意味でしんどいっていうことはお伝えしておきたいです。まずは執着心を断ち切ることの辛さ。離れた後も、されたことへの怒りがわいてきたり、逃げられて後悔しやがれって気持ちだったり、他の人はなんで気付かないで付き合っていられるんだろう?!というイライラだったり・・・。

第一関門

そんな気持ちの波・・・特に最初の、「相手への執着心や可哀そう・私が救ってあげたいという気持ちを切り捨てる」ことの辛さを乗り越えるためにも、行動に移すなら「何があっても絶対に戻らない」と決めてからでないと、結局また同じことの繰り返しでどんどん辛くなると思います。つまりは、ある程度心が回復してから&当面の生活費などの目処がついてからがいいのでしょうね。できれば扉が開いている味方がいるのが望ましいです。

ってエラそうに言えるのはもう心が離れたからであって。当時の私は「辞めてみて、それでもどうしても辛かったら、また程よい距離で(勉強会とかだけ)関わればいい」と言い聞かせることで、離れがたい気持ちを断ち切っていましたね。けなげ~。この矛盾する感情に理由をつけるために、「私、結局J男のこと好きなんだろうな」と思い込んでいましたね・・・怖い怖い。

実際離れてみたら、「うわーーーこの平穏が普通の日常だった!」という気持ちが圧倒的で、「絶対に戻るなんてあり得ない、二度と会うかペッ!!」って思えました。そのあたりは最初の頃にも書きました。

pegrecovery.hatenablog.jp

私の場合、関わった期間が短かったこと、恋愛関係でなかったこと、相手は気が小さくてプライドが高いタイプなので一度も連絡してこなかったことが良かったです。「もし連絡してきたらこう返してやるんだ」って日々ナイフのようなセリフを練っていたので(←陰険)、どんな言葉を言われても戻ってしまうことはなかったですが。

これは、一度回復した後にリバウンドしてしまった時のショックが大きかったから「何と言われようと無理」と思えていたのもあるし、沢山の自己愛対策をネットで収集していた成果も大きいと思います。

第二関門

「戻らない」という第一関門を乗り越えたとしても、回復するにつれて怒りがどんどんわいてくる時期がきて、相手の動向も気になる・・・。この期間が思った以上に長くて疲れます。考える時間を減らすために、夢中になれることや忙しさの中に身を置くのが良いかと思います。恋愛の場合なら、次の恋愛ってことになるんでしょうけど、自己愛被害にあった後にすぐ次の恋愛にいける精神力の人ってなかなかいないと思うので・・・。行きたい所、食べたいもの、会いたい人、読みたい本、見たい映画、やってみたいこと・・・たくさん考えておくのもいいでしょうね。わくわくすることを考えるだけでも心の回復につながると思います。

私は10日くらい休んだらすぐに独立準備に取り掛かりました。それまでの私だったら、「しばらくゆっくり休もう・・・チーン」となっていたはずですが、人生で初めて、「あんな奴のためにうちひしがれて、これ以上貴重な時間を無駄にするなんて絶対に嫌だ!!」というものすごい反骨精神がわいてきて、怒りを原動力にして動きました。普通最低でも半年くらいかかるところ、ゼロの状態から2か月半後には何とか形にして事務所オープンしたので、愚痴を聞いてくれていた友人たちはびっくりしていました。

ちょっと話がズレますが、扉が開いていない友達は、慰めのつもりで「辛い思いをしたおかげでこうやって開業できたと思えば・・・」みたいなことを言ってきがちなんですが、「いやちょっと待ってそれだけは絶対ないから。あんな奴のおかげでなんて思いたくないし、あんな経験しないで生きていけるなら絶対そのほうがいいから!」ってすかさず制止してきました。その気持ちは今も変わりませんけど、大分落ち着いたので、「扉が開いたきっかけが、あの程度の自己愛でよかった」とは思います。もっと頭の切れる相手だったり、恋愛・結婚相手だったと想像したら辛すぎます。

どうか、あの頃の私のような辛い思いをしている人が早く逃げて回復できますように。

これからのこと

エピソードひと休み

びっくりエピソードを連続して更新してみて、スッキリする反面、思った以上に疲れるし、時間もすごくかかるし、何より「あの忌々しい記憶に縛られている時間とエネルギーが無駄過ぎる」という気持ちが大きくなってきました。もうそこそこJ男のおかしさは伝わったかなと思うので、ちょっとエピソードはひと休みします。

元々は、「今苦しんでいる人の力になれれば」という気持ちで始めたのが大きいので、そろそろそちらにシフトしていきたいです。また何か思い出して書いちゃうかもしれませんけど。いや絶対書くだろうな・・・。

カウンセリングでのこと

先日カウンセリングで、久しぶりにJ男のことを話しました。最近は話に出すことはほとんどなかったのですが、このブログを書いているうちに、また聞いてほしくなったので。カウンセリングに通い始めた直後は、J男のおかしさを話そうとすると頭が混乱してしまっていたので、大きなエピソードは未だに話せていないんです。落ち着いた今でも、話すだけでカウンセリングの時間が半分以上過ぎてしまいそうですし。なので小ネタを少しずつ話してきて、J男の人となりは大体伝わっています。

その日、カウンセラーの先生は私の話を一通り黙って聞いてくれた後、「ペグさんとその人(J男)のやろうとしていることは全く別のものですから、ペグさんは自分が良いと思う方向だけ見て進んでいけばいいと思いますよ」というような意味のことを、静かに静かに言いました。

文字にしてしまえばすごく普通の言葉で、「それができないから辛いんだすよ」っていう話ではありますが、「J男とはやろうとしていることが全く別もの」という言葉を言ってもらえたとき、「そうかぁ」と思えたし、それを分かってくれてるんだ・・・という所にとても救われて、力が抜けました。

私はずっと、今の仕事における一番の目的は(収入は置いといて)、

「困っている人の力になる」

という点は、J男も同じだと思い込んでいて、考えたこともなかったのですが。J男の行動を思い返してみると確かに、表面的にはそういうことを言っていましたが、実際はひたすら、「何がしたいのこの人?」という感じでした。

カウンセラーの先生は、今までのカウンセリングの間に話してきた内容から、私の仕事への思いやJ男との違いを拾い上げてくれていたんだなあ・・・と思えました。

それでも相変わらず、思い出してはイライラするし、すぐに気にしないようになんてできないんですけど。こういうのを重ねながら、少しずつ前に進んで行こうと思っています。

他でカウンセリングを受けたことはないので比較対象がなく、料金もそれなりですし、「こんなんで私の問題解決するのかな?」と思うこともあるので、カウンセリングを強くお勧めするつもりはないのですが。周りに扉が開いた人がいない場合の1つの選択肢になると思います。下手に友達に相談して傷つくより、お金を払って、決まった時間内で、専門家に受け止めてもらいながら心を取り戻していく方が、回復への効率は良い気がします。

抑うつから抜け出すためのセルフワーク

以前も書いた通り、カウンセリングと出会う前の、抑うつ状態から抜け出す時には、色々な書籍、そしてWEB上で見つけた心理系のワークが一番力になってくれました。そのあたりも、次回以降で紹介していこうと思います。

自慢話

J男の自慢話は、正式に働くことが決まってから(=辞めにくくなってから)やたら聞かされるようになりました。特に私と二人だけの時にお酒が入ると、普段の寡黙な印象からは想像もできない&びっくりするくらい、自慢と人の悪口ばかりで、よくこんなに出てくるな・・・という感じでした。これは自己愛の特徴でもあるようですね。

自慢話の中でも記憶に残っているのが、

「若い頃、バイトしていた会社の社長の奧さんに気に入られて、社員を一人辞めさせて僕が雇われることになったんですよ。それを知らずに僕、その人の送別会で『○○さん、なんで辞めちゃうんですか!』って言っちゃったんですよ。ひどいですよね。しかも、その後すぐ青年海外協力隊に行くことになって、1年も経たずに辞めたんです」

と笑顔で話してきたことです。

全然面白くないし、ただただドン引きなんですが・・・。自分だったらこんな話、笑い話にできません。

今もあの時のJ男の得意げな笑顔がうっすら思い出されて、「あー気持ち悪い」とつい声に出して呟いてしまうのでした。

追加びっくり

もはや自己愛だからなのかは分からないエピソードなのですが。この日は居酒屋で2時間40分(←細かい)、私は二言三言、聞かれたことに答えた以外は、ひたすらJ男の自慢と悪口を聞いていました。上に書いた話以外も、奥行きのないつまらない話ばかりでした。それでも一緒に働くことになってすぐで、まだ今はこれくらい耐えようと、作り笑顔で相槌を打っていました。

「こんなにタメにならない、レベルの低いアドバイスがあるのか?」と耳を疑うくらい、クソつまらない&見当違い&上から目線のダメ出しをされても、耐えました。1つくらい深い話や、「ペグさんはこれからの仕事のこと、どう考えてるの?」というような話になるかと思ったのですが、最後までありませんでした。

ようやく、そろそろこれ飲んだら出ましょうかとなったので、「じゃあちょっとトイレだけ・・・」と言って席を立ち、数分後に戻ってきたら、なんとびっくり。席には私の鞄だけ残されて、J男がいなくなっていました。ワケが分からず出口に急ぐと、J男は会計をしていました。「ああ、気を遣わせないように払っててくれてたのか(それにしたってオープン席に荷物放置はないだろ)」と思っていたら一言、「千円でいいです」と言われ、ズッコケそうになりました。

私は誘われただけで、注文は全部J男が勝手に決め(「あと好きなの頼んで」などの言葉なし)、話もひたすら聞き役だったんですけど・・・。私が相談に乗ってもらったり、好きなものを頼んだならまだしも、J男だけ好き勝手喋ってお酒をガバガバ飲んで上機嫌で酔っ払って(私はソフトドリンク3杯くらい)、総額6千円にもならない会計で、千円でいいですって・・・。

今まで、10歳も年上の先輩、しかも男性から飲みに誘われて、こんな不可解な思いをしたことはないし、お金を払った記憶もありません。自分が逆の立場だったら絶対払わせられないです。友達に言ったら「気を遣わせたくなかったんじゃん?」と言われましたが、いやいや、飲んでる間ずっと気を遣ってたんですけど・・・。

2時間半の疲労と、荷物放置で先に行かれた衝撃も加わって、「この人なんか変・・・とりあえず絶対モテなさそう・・・仕事もできないんだろうな・・・」と苦い気持ちになったのを覚えています。

今考えると

  • 相手のことが全く見えていない
  • 仕事上の先輩後輩の関係性を経験してこなかった

のが原因なんだろうなと思います。

思い出しながら書いていたら、あの時のびっくりとモヤモヤとげんなり感が鮮明に蘇ってきて、気分が悪くなってきましたので終わりにします(笑)

大ネタを小出しに。

また辞められた?

J男がアルバイトスタッフに更新させている事務所用SNSに、ここ3ヶ月ほど投稿がありません。恐らく、私の後に雇った2人目のアルバイト女性も辞めたのだろうと思います。こういったことが続けば、「あそこは人が居付かない」と周りも気づいてくると思うので、どうかこれにめげず、今後も精力的に人を雇っては逃げられて欲しいものです(←ひどい・笑)。

びっくりエピソード(小出し)

J男のびっくりエピソードは、多少の細かいネタ以外は、辞めるきっかけになった大ネタいくつかを残すのみです。何度か書きかけているのですが、なかなかうまくまとめられません。思い返すたびに、J男の不誠実さを改めて認識してしまって、しかもそれをスルーしようと我慢してしまった自分も悔しくて・・・。

本来はまとまったエピソードとして書きたいのですが、小出しにすると、

  • 私を悪者にするようなメールを、私が参加していないメーリングリストに送っていた
  • その内容を引用したメールを、事務所用メアド(私とJ男共用)に転送してくれた人がいた時、私が読めないようにサーバから削除した

事件です。限界がきて出勤できなくなる1ヶ月前のことで、これがJ男に本格的に絶望する大きなきっかけの1つになったことは間違いありません。

いきさつ

事務所用メールには急なアポの連絡が来ることもあるので、私の個人スマホでもIMAP受信で読めるようにしていました。そのため、問題のメールもJ男が消す前に読めました。

そこには、私が押し付けられそうになってキレ気味に断った無償の仕事について、友人に「ペグさんがやってくれるはずだったが、忙しいからと断られてしまった。力になってほしい。」と同情を買うように書いてあり、「うわぁ・・・」「一度も正式に引き受けてませんけど?」とドン引きしました。

それに対するJ男の友人からの返信は「ちょっと見てみたけど、俺だったら30万はもらわないとできないし、今は忙しいから無理」という内容でした。「ほら見たことか!普通にプロに頼んだらそれくらいかかるものなんだよ!私は気を使って値段は言わなかったけど、断ったのはそういうことだよ!!」と少しスカッとしました。

なぜその会ったこともない人が、J男が送信した時のJ男の個人メアドではなく、わざわざ共用メアドに返信を送ってきたのかは未だにわかりませんが、こっちに送ってきてくれてありがとう!!と心から感謝しています。おかげでJ男の本性が分かったし、私が言えなかったことをズバッと言ってくれたのも分かったので。

このメールを私も読めることはJ男も分かるので、次会った時どんな顔するんだろうなあと思いました。

そして翌日事務所のPCでいつものようにメーラを立ち上げたところ、過去のメールも含め、サーバ側に保存されていた受信メールが全て削除されていたのです。「え?え?何で?誰が?」とびっくりしましたが、サーバから消せるのはJ男かサーバ管理業者だけです。業者がいきなり消すわけがないので、すぐに「あ、昨日のメール読まれたくないからJ男が消したんだ!」と真意が分かって、寒気がしました。読まれないように消すと言うことは、やっぱり私に読まれたくない内容だったということですよね。

指摘する気力はなかった

夕方に事務所に帰ってきたJ男は、うまくやったと思っているのか普通に接してきました。

その前にもあり得ないことをされ続けていたので(キレ気味に断ったのもそのせいです)、もう問い詰めるとかそういう気力はありませんでした。都合の悪いメールを消すなんて、完全にあちらに非があることで、あまりにも稚拙過ぎます。そんなことをできる人に対して、何も言う気になりませんでした。問い詰めたところで、延々と腹の立つ言い訳を聞かされるだけか、下手をすれば逆上してきたり、また私の知らないところで悪口を言われるんだろうなとも思いました。

ただ、私のJ男に対する視線と態度は、もうどんどん冷たいものになっていきました。当たり前ですよね。それを察してか、私を食事やセミナーに誘わなくなったり、事務所にいる時間が減っていったのもこの頃からだった気がします。

辞められない止まらない

このすぐ後にも同じ件でもう一悶着あり、完全にJ男への信用は失いました。それなのに、なぜかまだ信じたい気持ちがあって、辞められませんでした。

J男が勝手に数十万円かけて契約してしまっていた広告費に対して、責任を感じていたのもあります。「ここで辞めるなんて言ったら、なんて責められるんだろう」「責められないにしても私が無責任な人になっちゃう」「数十万の損失になったら、J男はがっかりするだろうな」なんて考えていました。私の馬鹿・・・。

本来の私だったら、「こんな不誠実なことをするような人とは一緒に仕事はできません」とズバッと言えるのに、あの歪んだ世界ではそれができなくなっていました。悔しい。

言うべきことは言っていた

「自己愛の被害者になりやすい人は、言いたいこと・言うべきことを我慢してしまう特徴がある」というのはネット上でよく見ます。私も確かにそういう面はありますし、上記の件は我慢してしまいましたが、周囲を見ていても自分が特別我慢強い方だとは思いません。人間関係では最低限の我慢しかしませんし、仕事に関すること、特にクライアントや業者に迷惑がかかることに関しては、ちゃんと指摘していました(これも今思えば自己愛人間の怒りを買っていたのかもしれません)。

あれこれ我慢することもじわじわダメージになってはいましたが、そもそも年上・上司的立場であるJ男のおかしな言動を目の当たりにすること、それに対して気を使いながら指摘してやめさせることに、本当にエネルギーを消耗したのです。

だから、被害者になっている人に対して、「我慢するからだめなんだよ」とか「言ってやればいいじゃん」なんて責めないで欲しいのです。それができないおかしな状況なわけで。でもやっぱりそれは扉が開いていないと分からないだろうな・・・。

何度も書いていますが、被害者自身も、自分を責めないで欲しいです。「私は十分頑張ってる。間違っていないよ。」と、思っていなくても5回唱えてみて、何だか悲しいような泣けてくるような気持ちになるなら、不当な我慢をしてしまっているんだと思います。

そうやって自分を励ますこと、自分を大切にすることでしか、自己愛との関わりを断つ力は湧いてこないと思っています。間違ってもその力を「もっとうまく相手とやっていく!」という方向に向けてはいけないので(私がやらかしました)、やっぱり周囲に正しい方向に導いてくれる人がいるのが望ましいです。でもなかなかそんな存在は見つからないと思うので、このブログが少しでも役に立てば幸いです。

優しい言葉に混乱する

表面的な優しい言葉

共感力のないはずのJ男ですが、労いの言葉をかけてくることはとても多かったです。だから、「気が利かない時もあるけど、根はちゃんと人を思いやれる人なんだ」と勘違いしてしまいました。それが後々の「私が頑張れば分かってくれるはず」という思考に繋がっていきました。

言葉だけ聞けば、すごく優しいと勘違いしてしまうんですよね。でも、おかしな出来事が立て続けに起きる中で、「その場限りの優しい言葉は言えても、現実問題に対処する能力はないし、私と向き合う気もないんだ」と分かりました。そんな人に対してどんなに我慢して頑張っても無駄な苦労なのだと感じて、ようやく辞める気持ちになれました。

わざと他の人に優しくする

辞めると決心するまでの間、J男と会うだけで震えが出て体が固まってしまう時期がありました。それを抑えながら仕事をしていた時、わざと私の前で仕事仲間(女性)に電話をかけ、ものすごーく穏やかで優しい声で、相手を思いやるような言葉をかけたことがありました。「え?目の前で苦しんでいる私がいるのに・・・」とびっくりして、悲しくなりました。

ここで時々紹介しているTiaraさんのブログで、自己愛の人はわざとそういうことをする、という記事を読んだのは仕事を辞めてからでしたが、すごく納得できます。辞める前はそういう特徴を知らなかったので、「最初は熱心に近付いてきて、仲間の大切さを語って、気も使ってくれたのに、思うようにならなくなったら用無しなんだ」と本当に本当に悲しかったです。

優しい言葉の残酷さ

友達に相談する時も、「私がこういう気持ちでこうしてたら、J男がこう言ってきてね・・・」と説明すると、「優しいところはあるんだねー」などと言われてしまうのも辛かったです。確かに言葉だけ聞けば優しいのです。そんなJ男にずっと文句を言っている自分が悪いように思えてきます。

あんなに優しくて残酷なことが悪気なくできるのは、自己愛だけなんだろうなと思います。私は今だにあのおかしさを文章でうまく説明できません。

混乱して当然でした。