今思えば。

自己愛性人格障害と思われる人から逃げて心を取り戻すまでの道のりです。

持つべきものは扉が開いた友達(その2)

ほとんどアクセスのないブログですが、近々メールアドレスを作って載せる予定です。めんどくさがりなもので、なかなか・・・。

さて今日は、もう一人の扉が開いた友達の話です。大学の同級生、マルコです。

自己愛被害の大先輩

彼女は、私が被害にあう2年位前から、職場の自己愛(H男・40代)からちょくちょく被害にあっていました。当時は、お互い自己愛というものの存在は知りません。マルコは何を話しても爆笑もののトーク力を持っているので、いつも熱弁するH男びっくりエピソードを「相変わらずヤバいねー!」「ほんとにそんな人いるの?!」と半分笑いながら聞いていました。それでも、「あれ絶対、前頭葉かどっか、脳に障害があると思う」という言葉は、なんとなく納得できる内容でした。

その後私はJ男と知り合うのですが、J男って何かおかしいと気付いてからも、H男のエピソードと重ねたことは一度もありませんでした。おとなしいJ男に対して、積極型のH男という感じで、タイプが全然違ったからです。表出している危険度は、J男のほうがかなりマシだったと思います。

お互い自己愛被害者だと気付く

しばらく2人で会う余裕がなく、「H男もJ男も、自己愛性人格障害ってやつだと思うんだけど…」と気付いて伝えてみたのは、私が追いつめられて体調を崩しダウンし、「もう辞めるしかないかもな」と考え始めていた頃でした。

マルコも気軽な気持ちで調べたそうですが、あまりにあてはまっていて、職場で「ねえ、自己愛性人格障害って調べて!!」「うわ、アイツの特徴そのままじゃん!!」と、同僚とかなり盛り上がったそうです。「職場にヤバさを共有できる人がいるってほんとうらやましい」と言うと、「ペグのところのJ男は、うちのよりマシっぽいけど、1人で相手にするのは恐怖だと思うよ。だってあれ、まともに会話になんないでしょ。」と分かってくれて、救われました。

根は優しいけれど気が強いマルコは、あまりに「はぁああ?!」となることばかりしてくるH男に堪忍袋の緒が切れて、呼び出して1対1で文句を言ってやった!と話してくれました。すごい・・・。そんな気の強い、弁が立つ彼女でさえ、その時に心から「あー、コイツ、まともに会話できる相手じゃないわ、ヤバいわ。」と悟ったそうです。年下の女性に怒られても平然としていたH男は、その後自分の部署に戻り、周囲に狂ったように「ねぇ、俺が悪いの?!」とみんなに聞き回り、みんなから「まぁ、そうでしょうね…」という反応をされていたと同僚が教えてくれたそうです。ほんとこんな大人がいるんですね…。

このパターンはH男が普段からうるさくて嫌われていたので周りも味方してくれましたが、真似しないほうがいいですね。

それ以降、マルコと会ってもH男の話が出てくることは殆どなくなりました。ターゲットになりづらくなったし、彼女も見限ったんだと思います。

タイプは違っても行動原理は同じ

私が辞めると決心して、「J男に言おう。でも怖いなあ・・・逆切れされたらどうしよう・・・」と怯えていた日、マルコはJ男が事務所に帰ってくる直前まで、LINEで励ましてくれました。さらに伝え終えた後の、「いや、びっくり・・・全く対話にならなかった・・・こんな奴だったなんて・・・今まで頑張ってきたの、なんだったんだろう・・・。」という最後の最後となるびっくり報告も、共感しながら聴いてくれました。

私が辞める気持ちを伝えるにあたっては、本当の原因(J男に対する不満)は一切伝えずに、「自分一人でやってみたいから」という建前の理由をつけ、精いっぱいの感謝・誠意とともに辞意を伝えました。それに対してJ男は、なんとびっくり、突然ヘラヘラしながら、「へー、そこまでの気持ちがあるならもったいない、僕は全然続けてくれて構わないんですけどねぇ」と言い放ちました。普通の経営者・上司だったら、体調を崩して辞意を決意したスタッフが、真剣な表情で退職の意志を伝えているときに、こんなこと言えますかね?びっくりし過ぎて、「え・・・?もったいないのかな?」と1秒だけ思ってしまったほどです。

その後の会話は、思い出すと未だに脳がぐんにゃりと歪みそうになるので、また別の機会にと思いますが。帰ってすぐにマルコに聞いてもらうと、「うわ、私がH男に言ってやった時と全く一緒の反応だよ。アイツら、『僕は何にも傷ついてませんよ~、どうしてそんなに熱くなってるんですか?』みたいなおすまし顔してるけど、心ではめちゃくちゃテンパってるからね。」「最後までマウンティングしてくるとか、ほんとに最低だな。」「J男、今夜はうなされて眠れないんじゃないの。」と共感&解説してくれたので、本当に本当に救われました。あの日、もしマルコの言葉がなかったら、私のダメージは倍以上だったと思うし、「は・・・?!」という驚きと、理解できない恐怖感をもっともっと引きずっていたと思います。

何度も書きますが、「自己愛被害を聴いてもらうなら、扉が開いていない100人よりも、扉が開いた1人」だと私は強く思います。

話し合いは本当にできない

ちょっと話はズレますが、辞めると伝えた時のエピソードからも、「自己愛とは話し合いにならない」というのは本当だと実感しました。特にこちらの意志を相手に伝えるための話し合いは、絶対に成立しません。うまくいっていると感じるとしたら、お互いの利害が一致している内容の時か、相手にとってどうでもいい内容の時です。

利害が一致しない時の話し合いでは、相手に分かってもらおうとか、誠意を示すとかは本当に無駄な労力で、自分がダメージを受けるだけだと思います。

っていう情報もネットで読んで分かっていたはずですが、実際に体験してみないと分からないものですねぇ・・・。

この数日で感じたこと。

ここに色々綴り始めた効果なのか、日にち薬の効果なのか、J男への執着がまた1段階薄らいだ気がします。

離れた後の自己愛の行動を知っても良いことなんてない

私がJ男の近況を知るのは、SNSか共通の知り合いを通じてなのですが、最近はインパクトのある情報が入ってこないのも、執着が薄れている要因だと思います。離れたら、相手の情報を目にしない耳にしないのが一番いいというのは本当ですね。やっぱりどうしても気になって、全体公開になっているSNSは見てしまうのですが、見て良かったと思ったことはありません。ただ1つ、私と入れ違いで雇った若い女の子が、1年経たずに辞めたことを知れた時だけは、「やっぱりね!」とちょっと溜飲が下りましたけど。またすぐ別の女性を雇ったのも知ってしまったので、プラマイゼロ。

社交辞令が通じない

先日は、久しぶりにmeiちゃん(扉が開いた友達)と会ってゆっくり話せたのですが、やっぱり小一時間は自己愛トークになりました。今回話していて分かったのが、自己愛は「一般社会での社交辞令としての相槌」を、真に受けてしまうということです。meiちゃんの相手も、J男もそうでした。仕事で連携していく先輩的立場の人ですから、ある程度愛想よく「そうなんですか」「すごいですね」と聞くことが、私たちが身に着けてきた処世術(ってほどでもないレベル!)だったのですが。「こんなに熱心に話を聴いている=俺のファン」となってしまうのが自己愛。恐ろしい・・・。今思えば、J男の周りにいながらターゲットにならない(なっても負けない)女性たちは、私からすると「そ、それは目上の人に失礼過ぎるんじゃ・・・社会人的にナシでしょ・・・」という勢いで、ズケズケと意見していました。そこまででなくても、初対面から無理に愛想よくしないのも、自分を守る術なんだと思いました。って、言うほど愛想よくはないんですけどね・・・自己愛は小さな相槌さえも賞賛として拾い上げてしまうからなあ。扉が開いていないうちは、防ぎようがない気がします。

今回初めて聞いたのは、meiちゃんが被害にあっていた時に号泣するほど救われたのは、「旦那さんのDVが原因で離婚した女友達」からの言葉だったということ・・・やはり扉が開いた人でした。話を聴いてもらうなら、扉が開いていない100人より、扉が開いた1人。これは絶対ですね。

優しくありたい

また別の日には、心身とも弱っていた頃の私に「ペグちゃんにも隙があった」と言った同業の友人にも会いました。今現在、その友人が職場の上司に悩まされています。その上司は自己愛ではなさそうですが、かなり理不尽なことを言われているようで、私がJ男に「はぁー?!」となっていたのを思い出すような内容もありました。それを聞きながら「私なら『あなたにも隙があった。』なんて思わないし言わないなあ」と思いました。この友人は大切な友達でこれからも付き合っていきたいのに、こんな微妙な気持ちを抱えてしまうきっかけを作ったJ男はやっぱり憎い!

でも、もしかして扉が開いていない頃の私なら、うんざりした時には「そんなに嫌なら辞めちゃいなよ」くらいのことは言ってしまったんだろうなと思います。扉が開くと、辞めるのをすすめるにしても、「その人、おかしいね。他の人たちとはちゃんとやれてこれたあなたがそんなに傷ついていることが何よりの証拠だよ。我慢して続ける意味ないと思う」みたいな言い方になると思います(確実に自己愛だったら、もっと断定的に辞めるの促しますけど…笑)。

そういう意味では、自己愛から逃げたことで、今までなかった優しさが身についたというのは少しはあるかもしれません。それに、自己愛に振り回されてしまった自分自身と向き合う中で、「人に優しくあるためには、自分が強くなる必要があるんだ」と気付きました。弱い人間が人に優しくするのは、まあうまくいくことが大半でしょうが、大事故にも繋がる側面もあると身をもって知りました。強くなるといっても、相手を抑え込むような力ずくの強さではなく、しなやかな強靭さみたいな強さ。今はそんな強さを身につける心がけをしながら、自己愛被害から自分や大切な人を守っていけるようになりたいと思っています。

関係ない人まで嫌いになる

このブログを始めるにあたって、今被害にあっている人たちが元気になったり、役に立つ情報を書けたらいいなーと思っていたのですが。過去のエピソードを書いているとどうしても恨みが滲み出てしまってますね。恨み節聞かせてすみません。ある程度書き尽くしたら、変わってくるといいのですが。

周囲の人を嫌いになってしまう

自己愛被害の中で結構辛かったのは、それまで仲が良いと思っていた友達に対してまで、「なんでこのおかしさ分かってくれないんだろう」とイライラしてしまうことでした。他の愚痴を理解してもらえないのは仕方ないなと思えるのですが、自己愛被害を理解してもらえないのはかなりのショックと苛立ちがありました。

一番辛かったのは、私にJ男を紹介してきた友人に相談していた時です。J男は、私が出勤できなくなってから辞めるまで1度も、どうしたのかとか大丈夫かと様子を聴いてくることがありませんでした。散々「仲間」の大切さを私に語っておきながら、目の前で明らかに苦しんでいる私を放置できるのが衝撃でした。そのことを友人に話していたとき、「J男とは対等なビジネスの関係で、優しい上司じゃないんだよ。ペグちゃんにも隙があったよ。」と言われ、息が止まりそうになるくらいショックでした。表面的なビジネスであれば正論かもしれませんが、そんなドライな気持ちで取り組んでいないことは分かってくれていると思っていました。その後「きつい言葉だったらごめんね。J男が変なのはわかってるよ。」と言ってくれたので、決して傷つけようとしたわけではないのですが、その時はとても辛かったです。

また、私とは学生時代からの付き合いで、J男とも親しい同業の男友達がいたのですが、いろいろあって、彼のことも顔も見たくないほど嫌いになってしまいました。

他にも、周囲の人の言葉に失望して、嫌いになってしまうことは多々ありました。嫌いにならないまでも、「そういうことじゃないんだけどなぁ」とモヤモヤしてしまうレベルのことなら数え切れません。それが、自己愛被害の中でもかなり嫌だったことです。他の愚痴ではこんなことは起きないのに。

誰も残っていない

J男と働いたことがきっかけで知り合った同業者もかなりいましたが、今現在、誰一人として繋がっていません。今後も関わりたくありません。

J男と友達になってしまっていたFacebookは、離れてからすぐに辞めました。それまで繋がっていた同業者の人たちが、みんな敵のように感じてしまったからです。特にJ男の底の浅い投稿にいいねをつけている人たちのことは、全員嫌いになるほどでした。気持ちが回復してからは、新しいアカウントを作って、J男のことはブロックした上で最低限の親しい友達と繋がっています。でも同業界にいるとたまに誰かがフォローした写真に写りこんだりしていて、猛烈にモヤモヤしてしまいます。J男と関わらなければこんなことにはならなかったのにな。

J男の本性を知りながら、便利に使うために付き合っている人もいました。私以上に周囲に悪口を言いふらしながら、J男の事務所を使いたい時はそこのメンバーであるかのように振る舞う人や、近い距離では関わらずに、仕事をもらうためだけに関わっているように見える人など。J男も、その人たちを「仲間」と言いながら、私には悪口を聞かせてくるので、「この人たちにとっての仲間って何?」と思っていました。

最終的に「いつも仲間の大切さを語ってくる割には、周りにはこういう人しか集まらないんだな」と気付いたのも、そこを離れる決心に繋がりましたね。私たちの業界は、フリーランス的な働き方が多いので、付き合う人を選ぶ自由度は会社員と比べたらかなりあります。嫌なら離れればいいんです。「私は陰で悪口を言いながら付き合うようなことはしたくない!」と強く思ったことも、離れるための原動力になりました。もちろん私も人の悪口を言わないような清い人間じゃないですが、本当に仲間と思っている人と、ああいう人間関係は作りたくありません。

これからも繋がらない

同じ業界で仕事をしている以上、J男と繋がっている人と知り合ってしまう可能性はゼロではありません。今後知り合った相手がJ男と親しいと分かったら、私はその人とは関わらないと決めています。今も既に「J男やその知り合いが関わってるかもな」と思う業界の活動やセミナーには参加できなくなり、新しい出会いの幅もかなり狭くなってしまいました。

最初は私も表面的な部分に騙されたし、直接被害を受けない限り見抜けないのは仕方ないとは思うのですが、もう気持ちが嫌だと思ってしまうので仕方ないです。

自己愛という人種を知ったことで、今までのように人を信じることもできなくなったし、心を許したからと言って誰にでも実情や本当のことを話すようなことはなくなりました。最初は不誠実な気がして辛かったりしましたが、それが自己愛的な人たちからの被害にあわないために必要なこと、自分を大切にすることだと思っています。少なくとも、完全に自己愛被害から回復するまでは。

何だったんだろう。

「何だったんだろう・・・」

これはJ男から離れてから1年間、J男の言動を思い返す度に湧き上がってきた言葉です。今はもう「何だったんだろうな(笑)」という感じになりつつありますが。

J男が本当に自己愛性人格障害だったかどうかは、未だに分かりません。診断を受けたわけではないというのもそうですが、典型的な特徴に当てはまらない部分もあったからです。

特に、自己愛の大きな特徴である「罵倒してくる」というのが当てはまっていませんでした(そのかわり、夜中に改行や句読点がほとんどない、正論ぽい言葉を並べて私を責めてくる長文メールが送られてきたことは2回ほどありましたが)。私が辞めると決めるにあたって「今まで私のためにかかった経費を返せとか言われるんじゃないか」というのはかなり怯えましたが、それもありませんでした。

メール以外で怒りを露わにしてきたことはなく、いつも無表情で、淡々として見えます。むしろ私がミスをすると嬉しそうに「そういうミスを繰り返して覚えていきますからね」と言ってきました。

すごい勢いで攻撃してくるというよりは、何気ない普通の会話の中に突然、不意打ちで鈍器で殴られるような、「え?!」っとなる言葉が出てくることが多かったですね。

もしかして発達障害?謎すぎる言動

異様な怒りをぶつけてこなかったことや、たまに仕事の条件で「これじゃ私に有利すぎるけどいいのかな」と思うようなこともあったので、「自己愛とはなんか違うかなあ」と思っていました。それで、発達障害なのでは?という疑いもずっと持っていました。

前回紹介したTiaraさんのブログで、数日前にタイミングよく、自己愛とアスペルガーについての投稿がされていました。

tiara-crystal.info

これを読んでみても、自己愛っぽい面もあったし、アスペルガーっぽい面もあったし、もっといえばここには出てきていませんが、回避依存症というのにも当てはまる気がしていて、やっぱりよく分からないです。

謎行動の具体例

発達障害の人たちと関わる仕事をしていたことのある同業の友人は、J男と会った後に「J男さんって、たまに会話が変じゃない?ペグちゃんが話すエピソード聴いてても、発達障害っぽいと感じるし」と言っていました。

私も、特に衝動性という点で、アスペルガーっぽさを感じていました。一度「僕はこうしたい!」のスイッチが入ると、普段以上に周囲が見えなくなって暴走することが頻繁にあったからです。

相手が「いいです、やめてください」と言って明らかに嫌がっていても、しつこく「これをこうするといいから」と押し付けていたり。
私が何度も断っているのにしつこくタダ働きをさせられそうになり、「だから、やらないって言ってるじゃないですか!」と人生で初めて職場で人に声を荒げた時でさえも、翌日には全く悪気のない様子で「また手伝いをお願いすると思いますが」と言ってきたり。
何人かでビュッフェに行ってそろそろデザートというタイミングで、全員に1人前ずつお寿司を取ってきてしまったり。

他の言動からも、J男の頭の中には理想のシチュエーションのようなものがあって、そこに現実を無理矢理にでも合わせずにいられない衝動性を感じていました。

今考えると、J男の描く理想図の中には必ず、「誰かを喜ばせたい」という要素があったことに気付きます。何度も青年海外協力隊に参加したり、今でもおそらく続けているボランティア活動などがいい例です。だから、知り合ったばかりの頃は慈悲深い人なのだと感じたし、周囲は今でもそう思ってるはずです。ただ近付いてみると、「結果として相手が本当に喜んでいるかどうか」には全く関心がないんですよね。相手の反応がまったく見えていない。それでもJ男の衝動的な行動が相手の需要とマッチしていれば、ものすごく素晴らしい人になってしまうんですよね・・・。

また、会話も特徴的でした。こちらの話していることの全体的意図ではなく、その中の自分が反応したいキーワードだけ拾って一方的に滔々と語りだすので、聞いている方はしばらくして「ん?なんかそれっぽいこと話してるけど…最初の質問には答えてなくない?論点違っちゃってるよね」みたいなことが何度もありました。特に自分の立場が悪いような状況になるとその傾向が強まります。「今はそのこと話してるんじゃなくて」と最初の話題に戻したいのですが、延々話してくる内容もおかしいところがあって訂正したくなるので、相手のペースに引っ張られてしまい、とても疲れました。

他にも、「ちょっとした計算などを口頭で伝えても、瞬時に理解できない」「約束を忘れがち」「言うことがコロコロ変わる」「字が汚い」「会計で目を疑うほどしわくちゃのお札を平然と出す」「面倒なことから逃げる」「その場をごまかすための嘘をつく」「夢物語のような経営戦略を語ってくる」など、今まで関わってきた年上男性、ましてや経営者と比べると、かなり幼く感じる面がありました。

近い人にしかわからないのは自己愛と同じ

でもそういった面は、距離が近くなるまでは分かりません。無表情で言葉少なで淡々として見えますし、落ち着いている時の会話では深みがあるように聞こえます。「何か変だな?」という違和感は、相当人生経験豊かで人を見る目がある人か、振り回された被害者にしか分からないだろうと思います。

遊びや趣味の場などなら、普通に流せたり「またそうやって〜」「無理無理!」と茶化して終わりにできるレベルかもしれませんが、仕事ではかなり迷惑で、損失にもつながります。業務委託とはいえお金をもらっている立場の私が、経営者を相手に注意しなければいけないのが、本当に気を使って疲れました。

書いていて、そういえば最初の頃、「無理なことは遠慮なく言ってくださいね、気付いたら誰もついてきていなかった、なんてことになると困るので・・・。」とメールしてきたことを思い出します。人が離れていくことには気付いているものの、何が原因かは人から言われないと分からないのでしょうね。

うーん、ほんとに、分類的に、なんなんでしょう(笑)

プロでも頭を抱えている

これは改めて書きたいのですが、私はJ男と離れると決めてから「もう2度とこんな奴の被害にあいたくない!」と思い、そのためにはJ男に我慢し続けてしまった自分を変える必要性を感じたので、人格障害発達障害に詳しいカウンセラーの方のカウンセリングを今でも受け続けています。

その中で、いろいろなびっくりエピソードを小出しで聞いてもらっているのですが、専門家でさえ、眉間にしわを寄せて「〇〇な感じもしますが、〇〇とも言えそうだし・・・」と悩んでしまいますので、かなり複雑な症例なのかもしれません(笑)。

大事なのは分類ではなくて、被害から逃れること

まあ、分類は何でもいいんですよね。私はとにかく、J男から受ける謎の不快感・違和感・話していると時空が歪む感じになる理由を見つけたくて、その手掛かりになりそうな情報は片っ端から調べた結果、当てはまったキーワードが、自己愛やアスペルガーでした。確かなのは、「自己愛に関する知識」が、被害から逃げるためには一番役立ったということです。

逃げるしかない

自己愛との関わり方のアドバイスは、最終的には必ず「逃げるしかない」という結論ですよね。私も今となっては、全くその通りだと思います。ただ、離れられない心理状態のときは辛い言葉だというのも分かります。そんな時には、

「本当にお互い大切に思ってる関係だったら、こんな辛い思いする?」

という自問自答を繰り返しました。答えはもちろんNOしかありません。それを繰り返しているうちに、離れる決意が固まってきた気がします。

以前の私のように、「私が我慢して頑張っていれば、いつかこの私の頑張りに気付いてくれる日が・・・」と思っている人もいるのでしょうか。あー辛い。残念ですが、そんな日は来なかったし、頑張るほど、どんどん傷が増えるばかりでした。あのまま辞めずにいたら、もっともっと深く傷ついていたと思います。

とりとめもない内容になってしまいましたが、どうか、今自己愛の被害で苦しんでいる人に、1日も早く平穏な日が来ますように。

ほかの女性の存在で混乱させられる

記事はいくつか書き溜めているのですが、エピソードを書いていると「あんなこともされた」「あの言動もこれと関連してる」と芋づる式に記憶が蘇ってきて、どんどん話が発散してしまって、なかなか簡潔な記事にまとまらずもどかしいです。

 

さて、「自己愛の男性は、嫌がらせのために他の女性の存在を使う」というのはネットでよく目にしていた特徴でした。私は恋愛関係ではなかったので、あまり参考にしていなかったのですが、異性の存在でモヤモヤしたことはありました。

仕事場に可愛い女性を連れてくる

 J男は、自分が期待していたほど私が思い通りにならないと気付いたのか、途中から私を食事や外部のイベントに誘うことがなくなりました。まあ、私も露骨に断っていましたし…。

その頃からちょくちょく、知り合いの女性を職場に連れてくるようになりました。普段から男女関係なく知り合いを連れてくるのですが、若くて可愛らしいその女性の時だけ微妙に空気が違います。仕事と称しているのですが、隣室からは明らかに普段よりウキウキしているJ男と、楽しそうな女性の会話が聞こえてきます。その後は、営業時間中にも関わらず「じゃあ僕はこのまま出るんで、あとお願いします」と、片付けなど後のことを全て私に押し付けて2人で出ていくのです。後で見ても、その女性から料金をきちんともらっていたことはありませんでした。J男が経営している場所なのだから何も言えませんが、J男が使った部屋の掃除なども押し付けられている私は、時給ももらえていないのに…。

混乱して、おかしな思考に陥っていく

こんなことが繰り返される度に、モヤモヤして、女性として傷ついている自分に気付きました。そしてなぜか、
「私にもっと可愛げがあって、イライラせずに優しくできてれば、こんなことされないのかな。最初の頃みたいに、最後まで一緒に働いて、夕飯に誘われたりするのかな…。」
というおかしな思考がわいてきました。その時はJ男への信頼感など完全に無くなっていて、軽蔑さえしていて、誘いはすべて断っていたのに、です。その奇妙な考えに支配されていくうちに、
「え、あれ、私、J男のことが好きなの?」
とすごく混乱しました。認知的不協和ってやつだと思います(個人的には、自己愛から離れられない被害者のほとんどは、認知的不協和に陥っていると思っています)。散々愚痴を聞いてもらっていた友人たちに、「私、J男のことが好きだったのかもしれない…」と言って驚かせていました。そう考えないと、自分を保てなかった気がします。今思えば相当、情緒不安定な人ですね。(この不協和は、J男と無事離れてからも、かなり長い間気持ちを縛り続けたほどです。)

そうやって私を混乱させようとしていたとも考えられそうですが、J男は人の感情を想像できない人なので、そんな複雑な策略ができたとは思えません。単純に、私で満たせなくなった自己愛を、他の女性で満たすためにやっていただけの気がします。…ただ、それを私の目の前でやることで、君になんか興味ないというアピールはしているようには感じました。

扉の開いた友人(下記の過去記事参照)に相談した時、「自己愛の男は、常に周囲に女性を置いておきたがるんだよ。私の時の奴も、周りから『女狂い』って呼ばれてたくらい。J男もペグちゃんに『俺イケてる』ってところ見せたいんだよ。」と言ってもらえて、少し気持ちが楽になりました。やっぱり扉が開いた友達は本質を見抜いています。

pegrecovery.hatenablog.jp

でもそう言われたことで、「やっぱり、もう私と一緒にいい仕事をしていこうっていう気持ちはなくなったんだな。私はここに来てからJ男に気を使って我慢ばかりなのに…やっぱり私の気持ちなんて全然見えていないんだな。」と悲しくなったのも覚えています。

私が体調を崩した頃から、J男は徐々に事務所で過ごす時間が減っていきました。外部での活動にせっせと参加していたようです。J男がいなくなってくれる方が仕事もはかどるし、不愉快なことも言われずイライラもしないので、明らかに快適です。それなのに、心の片隅では悲しいような虚しいような、ぐずぐずした不快な気持ちになるという、本当に混乱した状況でした。

恋愛感情を持ち出されていたら危なかった

J男は、回避傾向も強い感じがあったので、誰に対しても自分から口説くようなことはしない&できないタイプだったと思います。まだ私を過剰に賞賛してきた頃でさえ、誘われて行った食事でのあまりの気遣いのなさに、「これはモテる人の感じじゃないなぁ」と感じました。店選びも会話もお会計も全くスマートさがありませんでした。

そのことは、不幸中の幸いだったと今でも思います。あの混乱した心理状態の時に恋愛感情を持ち出されていたら、きっとそう簡単には離れられなかったと思います。

被害者に女性としての魅力がないわけじゃない

私が今でも励まされているブログ「tiara(自己愛性人格障害の彼の対処法)」では、いろいろな記事の中で「被害者の女性に会ってみると、本当に魅力的な人が多い」と書かれています。私も当てはまるとは誰も言っていませんが(笑)、そうやって励ましてくれる記事を信じて読み続けることで、すり減っていた自信を取り戻してきました。他にも励まされる記事がたくさんあるので、離れたい人、離れた後の後遺症に悩まされている人にはおすすめです。

もう1つ、辛かったときに読んでいて泣いてしまったのが、

nanahime.blog71.fc2.com

この記事です。J男に対して抱えていた複雑な気持ちをかなり正確に表現してくれている気がしました。そして最後の

「たいせつにされない原因は、自分の努力や魅力が足りないからだなどとは、決して考えないでください。」

という部分は、「私が可愛げがないからダメだったのかな」「もっと頑張れば分かってもらえたのかな」という思いが少し残ったままJ男と離れた私にとって、本当に癒されるものでした。

もし、今自分を責めて苦しんでいる人がいたら、この文章を何度も読んで欲しいです。

自己愛性人格障害発達障害

上のブログ記事の中でちらっと出てきますが、自己愛と発達障害はかなり似ている特徴があるようです。当初から、J男にもあてはまる気がしていました。これも書き始めると長くなるのでまた別の機会に。

余談になりますが、後々辞める私のかわりに、冒頭で書いた可愛い女性を雇おうとして即断られたようでした。ちょっとすっきりしましたね、言葉は悪いですが「ざまーみろ」って。そんなこと思ってしまう自分もすごく嫌でしたけど。

裏方的仕事は押し付ける

出会った頃、J男は私に、いくつもの業界団体で熱心に活動していることをアピールしてきました。業界歴が長く、業界紙にインタビューが掲載されたり、テレビ出演をしたこともあり、「この業界は今後・・・」と熱く語るJ男に対して、最初は純粋に「すごいなあ」と思っていました(活動内容にはほとんど興味なかったですが)。

でも一緒に働くようになって、「あれ?この人、目立つことはエネルギッシュにやるけど、目立たない裏方作業は人に押し付けようとしてない?」「言ってることも思ってたよりかなり底が浅いな…」と感じるようになりました。

実際、役職についていた団体では、セッティングなどの裏方作業は目下の人に押し付けていたようです。それが発覚し、ある日代表の方に電話で指摘・注意されていました。その時に電話口で繰り返し、
「いやぁ、こんなこと〇〇さんも言いづらかったでしょうに。」
と言っていて「ええっ、今自分が怒られてるのに何様?!」と引いてしまいました。私がJ男の明らかな非を指摘した時も、この「ペグさんも言いづらかったと思いますけどー」というセリフが出てきたので、「非を指摘してきた相手を気遣う寛容さをアピールして、自分が上であることを示したいんだな」と気付きました。

電話を切った後は、「〇〇さんは真面目すぎるんだよなぁ」「僕もこういうこと任される年齢になったということっすねぇ」と言って、ヘラヘラしながら帰っていきました。その日私は、J男に押し付けられた仕事と、無理やり連れて行かれた食事・酔っ払いの自分語りに付き合わされたせいで、自分の作業予定が遅れて帰れなかったこともあって、ひたすら「う、うわぁ…」となったのを覚えています。

今思えば、酔っ払って上機嫌で「この業界は、頭が固い古い人間が下の人間を潰す構造だからダメなんだ!」と私にお決まりの熱弁を1時間以上振るった直後に、同世代の代表に「後輩に仕事を押し付けないでください」とダメ出しされ、私にその現場を見られ、プライドはズッタズタだったのだと思います。

別の日にはSNSで「団体への参加者が少ない!」と、憤りに溢れた投稿をしていました。そして先述の代表の方に「嘆いても仕方ない、できることをやっていこう!」と諭しコメントをつけられていました。小学生が担任の先生にもらうコメントみたいですね。

意外と何にもしていない

それ以外の団体でも、最初の話では舵を取るポジションで活動している印象を持っていたのですが、実際は正式加入しておらず、スポットでイベント参加しているだけでした。

「なーんだ、自分が責任を負って手間かけてやってることって1つもないじゃん。あんなに偉そうに言ってたのに。」というのが実際に近付いてから分かったことの1つです。

今日のブログ紹介

自己愛被害について調べている人なら一度はたどり着くであろうブログ「モラハラ資料」でも、こんな記事があります。

mora110.blog.fc2.com

仕事で近い距離にいる方の場合、「あーもうわかり過ぎる!」となると思います。

目立たずに成果を出し続けるのもすごいこと

私はJ男と関わったことで、「雑誌に載ったりテレビに出るような人、特殊な活動をしている人、ボランティアに熱心な人、団体で役職についているような人でも、立派な人とは限らない」と学びました。メディアは「素晴らしい活動」の部分だけ切り取るので、それを目にした人たちが「すごいなぁ」となるのは仕方ないですね。J男の10年以上前の過去の業績を見て、「講演をお願いしたい」と連絡してくる人もいたほどです。

世の中って意外と、そんな表面的な部分しか見えていない状態で、あの人はすごいとかダメだとか評価しているものなんだなあと分かりました。扉が開く前の私もそうだったと思います。「多くの人がやらないような突出したことをやっているんだから、やっぱりすごい」という考えも、自分の中にあったかもしれません。

でも今の私は、
「平凡な日常の中で、周囲の人を大切にしながら(←重要)、目立たない仕事を誠実にやることだって、簡単そうに見えてなかなかできないことだよな。」
と思っています。

自己愛のいない優しい世界

記事を書いていて、「今思えば〇〇だったと分かる」という表現が多いことに気付いたので、ブログタイトルを変えてみました。

今日は、何とか依存心を断ち切り、気持ちを奮い立たせ、J男と職場から解放された直後の話です。

正式にキレイさっぱり辞めた2日後、同業者の先輩から「この日忙しいから手伝ってくれない?」と言われていたので、手伝いに行きました。そこで、約半年ぶりにJ男以外の人と仕事をしたことで、

「ふ、普通って、こうだったー!!素晴らしいー!!!」

と本当に感動しました。

  • 当たり前に会話が流れていくこと
  • 一度も「はぁ?!」「ええ?!」とならないこと
  • 頼まれる時は「悪いけどこれやってくれる?」の一言があること
  • 「ありがとう」「助かった」の感謝の言葉があること
  • ちゃんと謝礼をくれたこと

先輩後輩という以前に、「人として対等」という大前提があるのが分かりました。今までの職場…に限らず、人間関係の中で、当たり前すぎて意識したこともなかったことが、J男と働いていた時は無くなっていたんだなーと気付きました。

そして、事情を知っていた先輩は、夕飯を奢ってくれて、辛かった間の話を聴いてくれました。「無理ない範囲で、俺のところ手伝うのでもいいよ」とまで言ってくれました。J男のように、1人で勝手に全部注文を決めて、3時間以上自分の過去の栄光語りを聞かせておきながら、「1000円でいいです」なんて言われることもなく、トイレに行っている間に置いていかれてしまうこともなく(これはまたびっくりエピソードとして書きたいネタ)。

帰り道、ちょっと泣きました。J男と関わっている間、帰り道に勝手に溢れてきてしまった涙とは全然違う涙です。今まで、ずっとまともな人たちに囲まれ、優しい世界で生きてきたんだなあと実感しました。あれだけ離れがたかったJ男と離れてみたら、またあっという間にそんな優しい世界が戻ってきました。

J男と関わっている間は常に「えええ?!」「え、何、ええ?ってなる私が変なの?」「なんだろうこの何とも言えない不愉快な感じ…」となっていたのに、離れたらそんなこと全然起こらないんだ!とすぐ気付けたことで、「もっと頑張れたかな」「私がダメだったのかな」なんていう未練に縛られずに済みました。辛い気持ちは長い間ありましたが、いつも心の底には「離れて良かった。離れるしかなかったんだ。」という気持ちがありました。

離れられない思考状態の時には、何を言っても響かないかと思いますが、それでも言いたいです。「早く離れるほど、早く穏やかな生活が戻ってくる」ということを。