初回投稿後の気持ちと「扉が開いた人」

前回の初回投稿後

前回の初投稿をした直後、思ってもいなかった気持ちがわいてきました。

「本人の知らないところで一方的な悪口を世界に向けて発信するするなんて、卑怯かな・・・」

「特定されないにしても、さすがに、ちょっと(相手が)かわいそうかなあ」

と。こういう中途半端な正義感と優しさが自分の身を滅ぼしかけたこと、今なら分かるんですけどね。でも、被害の詳細を思いつくままにメモ帳に書いているうちに、

「うー、やっぱこんなのあり得ない!!腹立つ!!」

となって、罪悪感は消えました。冷静に振り返ってみて、「え、これ私が責任感じてやることじゃなかったじゃん」と気付いたりもするので余計に・・・。

渦中にいる時は気づけない謎

そして記憶をたどって書いていて実感するのは、「自己愛の被害は渦中にいる時は気付けない」ということです。これはどこかのブログで書いてあった言葉だったと思います。

言われた言葉やされたことなどを文章にしていると、

「あー私、何でこんなことされてもあそこで仕事続けていたんだろう。この時点でもうおかしいって気付いてるんだから、逃げればよかったのに。」

と悲しくなります。とはいえ、逃げたくても逃げられなくなった謎の恐怖感もまだありありと覚えていますし、相変わらずSNSで見かける様子は物静かで思慮深く頼りになりそうな雰囲気で、「仕方なかった」とは思うんですけどね。

まあ何にせよ、似たような言動を今まさに受けている人が読んで「あ、これってもしかして」と気付くきっかけになるかもしれないので。そう信じて書きます。

文字で伝えるのは難しい

恨み節にはしたくないとは思うんですが、書いてみると、どうしても長文になってしまうのと、恨みもいつの間にか滲み出てしまうので、どうしたものかと悩んでいます。被害者の方なら分かると思うのですが、奴らの言動の嫌な感じって、すごーーく微妙なニュアンスで、受け取り方1つで全然感じ方が違ってくるものなんですよねぇ。

見知った相手に面と向かって説明しても、あのニュアンスを伝えるのが難しいのだから、文字だけのブログの世界でできるだけ正確に伝えようとすると、どうしても説明調の長文になってしまうんですよね。

せっかく書くのに「大したことないじゃん」と思われたくない!

再現VTRでも作ってほしいですが、あの微妙な嫌な雰囲気を演技で醸し出せる人なんてなかなかいなそうです。

今日のシェアしたい情報

そんなわけで具体的なエピソード投稿はもう少し先になりそうなので、まずこれは共通認識として伝えておきたい、という表現とそれを発信しているブログを紹介して今日は終わりにします。

ブログ「自己愛性人格障害 でこぽんの法則」の中で、自己愛性人格障害の事を知っている人を「扉が開いた人」と表現しています。

jikoai.fool.jp

「自己愛の被害に会ったことがある人」といちいち書くのも面倒なのと、直接被害にあったことがなくても危険さを想像できる人もいると思いますので、これからは私も、体験者を「扉が開いた人」と書きたいと思います。私は、幸か不幸か、扉が開きました。そしてこんなタイトルのブログにたどり着いた方も、扉が開いているか、開きつつあるのだと思います。

上記のブログは、「こんなのと絶対関わりたくない」と思える強烈な自己愛エピソードが満載です。自己愛から離れて安全なところから「やっぱり関わっちゃいけないんだな」と思う余裕のある方にはおすすめです。