優しい言葉に混乱する

表面的な優しい言葉

共感力のないはずのJ男ですが、労いの言葉をかけてくることはとても多かったです。だから、「気が利かない時もあるけど、根はちゃんと人を思いやれる人なんだ」と勘違いしてしまいました。それが後々の「私が頑張れば分かってくれるはず」という思考に繋がっていきました。

言葉だけ聞けば、すごく優しいと勘違いしてしまうんですよね。でも、おかしな出来事が立て続けに起きる中で、「その場限りの優しい言葉は言えても、現実問題に対処する能力はないし、私と向き合う気もないんだ」と分かりました。そんな人に対してどんなに我慢して頑張っても無駄な苦労なのだと感じて、ようやく辞める気持ちになれました。

わざと他の人に優しくする

辞めると決心するまでの間、J男と会うだけで震えが出て体が固まってしまう時期がありました。それを抑えながら仕事をしていた時、わざと私の前で仕事仲間(女性)に電話をかけ、ものすごーく穏やかで優しい声で、相手を思いやるような言葉をかけたことがありました。「え?目の前で苦しんでいる私がいるのに・・・」とびっくりして、悲しくなりました。

ここで時々紹介しているTiaraさんのブログで、自己愛の人はわざとそういうことをする、という記事を読んだのは仕事を辞めてからでしたが、すごく納得できます。辞める前はそういう特徴を知らなかったので、「最初は熱心に近付いてきて、仲間の大切さを語って、気も使ってくれたのに、思うようにならなくなったら用無しなんだ」と本当に本当に悲しかったです。

優しい言葉の残酷さ

友達に相談する時も、「私がこういう気持ちでこうしてたら、J男がこう言ってきてね・・・」と説明すると、「優しいところはあるんだねー」などと言われてしまうのも辛かったです。確かに言葉だけ聞けば優しいのです。そんなJ男にずっと文句を言っている自分が悪いように思えてきます。

あんなに優しくて残酷なことが悪気なくできるのは、自己愛だけなんだろうなと思います。私は今だにあのおかしさを文章でうまく説明できません。

混乱して当然でした。